まさか八王子でおこるとは思わなかった殺人事件

でも、心のどこかに、起きるだろうと予感した殺人事件

八王子に限らず、どこでおきてもおかしくない。

そして、事件は全て自分と同世代が起こしているから、実は内心気持ちが判らなく無くもない。

何かのせいにはしたくないが、実際は何かのせいで起きている

一つ目は親
なんて子供に対し無関心な親ばかりなんだろう

二つ目は時代背景
丁度私が高校を卒業をする頃は最も最悪な背景がある
就職もできず、大学にすら入れない時代だったのである

私の地元は、高校を卒業=就職が多かった為、はじめから高校を、商業・工業などが多く、そのまま就職なり、やりたいことがあり専門に行き、ほとんどの人が希望通りに人生を送っている(無職は聞かない)

しかしいろいろな地区から集まる、高校は状況が違っていた
進学校だったため、就職したのは私を含めて5人ほど。
先生に就職を散々反対され(大学や短大をすすめてくる)が、販売の仕事がしたかったので、販売職に高校から直接就職。

就職組みは皆全員就職ができた
(今思えば、進学校の生徒のため、有利な部分もあったのかもしれない)

私は学校にほとんど通わなくてよくなったので、周りの状況を知らず、知ったのは卒業して1年ほどしてからだった。
なんど、大学進学希望のほとんどが大学に入学できず、皆浪人生だったのである

予備校や、しょうがなくの専門学校で、予備校に通っていた人たちは、翌年も大学には入学できず、フリーターにもなれず男女ともにだらだら。

就職することをバカにしていた人(もいた)が、学校にもいかず就職もせずな調子なので、すごく驚いたのだ

結局その後、どうにか就職できた頃には、出遅れていて、会社にあわないとすぐに辞め、言い方は悪いけど、散々な人生を歩んでいる人がいまだに多い

その、散々な人生の人が、こういう状況に陥っているのではないでしょうか?

これは、この世代の個人のせいではなく、絶対に時代背景にあると思う。

大学にも行かず、就職もせずという人をなかなか会社は拾ってくれはしない。
しかし、大学にも就職でさえできない時期が確実にあったのは事実だと思う。

そして、この2年ほどでまた状況が変わってきた。

今の30前後の世代を全く入れていない会社が、人手不足と困りだしたのだ。
30代前後がいなく、40代とんで、いきなり20代の採用は、ギャップやリスクが多すぎで、なかなか雇用も定着しない。

そりゃそうだろう。中間がいなくて、いきなり早ければ自分の子供の世代が入社してくるわけだから。
(しかもできる団塊世代がいなくなり、0の新人が何人いたって、できることにも限界があるし、それが追い詰める結果にもなる)

そして、企業は、ひとりでも良い人材をと、最近は大学3年生でもう就職先が決まるようになったとか。(これもごく最近の話で、これも、きっと後からリスクがでてきて企業が困るに違いない)

大学にだって、今は簡単に入れる。

まさに私の世代と逆転した時代になっているのである


こうした背景があり、結婚だって簡単にこぎつけるわけもなく、かろうじて派遣社員になるしかないのではないでしょうか?

完全に「格差」です。

たまたま私は、進学をせず、ここまで来たのですが、もしも親の言うなりになっていれば、進学し、保育免許をとり、一番の就職難の時期に保育園や幼稚園の先生になれずにいて、どんな人生を歩んでいたか判らない。少なくても先生にはなれなかったと思うので、一般企業に就職していたかもしれない。それすらできなかったかもしれない

今、日本にとって一番大切にすべきことは、30代で就職をしていない人を、きちんと就職させるべきではないでしょうか?

八王子の求人広告見ても、いつもいっぱいで、就職先が決してないわけではありません。

二つ目は親の教育
私は、これから先の方がずっとこのようなことが起きる可能性が高くなると思います。
子供に対し無関心な親が多すぎると感じます。
本当に子供のことを考えるのであれば、自分の仕事のあいた時間だけ子供を見るのではなく、
自分が子供のために時間を空けるのが当然だと思う。

何も見てあげない、してあげないでいて、勉強しろ、言うことを聞かない
それって、どうなのよ・・・って思う。

子供が習い事をしているのであれば、行かせっぱなしにせず、時々は見に行って応援。
下手でも、がんばったね と声をかける

それだけで、子供は充分な満足を得られ、これからがんばろうと思う

でも、子供は放置

最近よくあるケースは、保育園に行かせっぱなしで、寝る前に本を読んでコミュニケーションをはかっています。と、
子供向け情報誌、雑誌などで見かけますが
それは親の自己満足なだけでしょう・・・と思う。
確かに本を読むのもいいけれど、一日のことを話すコミュニケーションが絶対に大事だと思う。

そして、生活は何とかなるけど、自分が仕事をしたいから、との理由のママは、子供のほうを優先にしてあげて欲しい。
2時3時であがるならいいと思うけど、6時過ぎたらもう、それは、育てているのは親ではなく、保母さんだからね。そりゃ、言うこと聞かなくもなるだろうと思う。(完全に聞かなくなるのは小学生の2年生頃からでてくる)

自分の子は言うこと聞くから・・と思っていても、内心は絶対「親といたい」が、子供の率直な意見なはずだからね・・・

それを放置しておくと、大人になって、困った時に、周りに友達はいない。話せる親はいない。
誰かに、自分を知って欲しい!

と、言う展開が最近の無差別事件に結ばれているように感じます。

周りに友達がいない、というのは、だいたい親のせいもあることを忘れずに・・・
親が目立ちすぎ
親が参加しない
親が友達を制限しすぎ など。

別に友達は大量には要らないと思う。でも、何でも相談できる人が一人はいて欲しいとおもう。
何でも相談できる友達というのは、共通のスポーツ。共通の趣味、サークル。
何かを通して、一緒に苦労した。など。

子供が無趣味。家にいても何もすることが無い。飽きっぽい。何も見つけられない。
要注意だと思います。

そうでもしなければ、またこのようなことが起きるのではないでしょうか?


無差別って言うのは本当にやめて欲しいです。
今回の八王子の事件でも、無くなった方の夢や、希望。輝かしい将来を、たった一瞬で、一人のどうだって言い理由により全て無くなった。(八王子は大学が多いから、大学のためにがんばって地方から来ていて、バイトまでがんばっていたのに・・)

しかしその「一人のどうだって言い理由」 と言うのは、本人にとってはかなり重要な意味があるに違いない。

はっきりいって今回も、秋葉原も容疑者本人より、親に育て方の原因なるものを良く考えてこの、周りから見ればどうだっていいような理由の深い意味を分析して欲しいと思う。それを学校の道徳などでいかすのだ。

本人に問題とたいていの人は思うけど、親に最悪な育て方をされて、最良な人間に育つ可能性ってどれくらいあるだろうか?
でも、裁判で親の育て方どうこうで罪を軽くすることは反対。最も重い終身刑にでもすべき。

殺人ゲームがあるのに殺人はしてはいけない。世の中の矛盾点。
殺人をしてはいいわけないんだから、ゲームだって殺人をする発想自体がおかしい。


自分は子供がいて、まさに子供たちはこれからの人間。
こういうカワイそうな人生を送らないように、育てたいものだと思います。
普通の神経であれば、子供が被害者になる以上に加害者になることの方がよっぽど辛いに違いない。